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人生の転機は振り返ってみると分かるもの

2013年1月18日 at 23:22

先日のブログで、商業高校を卒業してから経理マンとして働いていた事を書きました。
今日はその後の話。
会計の専門学校へ行きながら、実務で経理をこなす事が楽しくなって、すごく充実はしていたと思うあの頃。

充実はしていたけど何故か人と比べてしまう自分もいて、仕事をしながら舞台をやっています!とか、自分でTシャツをデザインして売ってますとか。周りでそんな人たちがいたので、どうしても自立というよりも組織にいる自分がかっこ悪く思える事がありました。

そういう人たちに「あなたは何をしているの?」と聞かれると、何となく自信が無くなるというか、そういう風によく感じていました。

そんな中、仲良くさせて頂いていた、飲食店経営をしている方から「他の飲食店と一緒に会社を作って飲食店展開をするから、一緒にやらないか?」と声をかけられました。丁度愛知万博がスタートする時期でした。

経理も楽しいけど、何とかカッコイイことをしなきゃと思っていた僕は迷わずOKしました。将来カフェをやりたいとも思っていたのでとても夢が膨らみました。

転職後、僕は3店舗ある店(藤が丘、上前津、そして新たに作った瀬戸)のうちの上前津で働く事になりました。

正直、入社時からお店の経営状態はぐちゃぐちゃで、スタートから給与が払われない(払えない)状態で、アルバイトにも支払いが遅れるし、とても辛い毎日でした。
勤務時間は9時〜夜中0時が定時。だけど遅くなるのでいつも徹夜状態でした。その頃のシフト表が今でも手元にありますが、休みはありませんでした。

会社は仕入業者さんにも支払い滞納をしていました。
僕らは店舗に立っていたので、業者さんから支払いを迫られたり、アルバイトの子達に支払いの事を聞かれると、申し訳ないなと思いながら回答に困り果て、その間にも自分の貯金がどんどん減っていくので精神的に追いつめられました。

話が飛んでしまいますが、実は飲食店にはデザインの仕事をしているスタッフ(立場は僕の先輩)がいました。でも、僕よりも先に会社を辞めてしまいました。少しだけクライアントさんがいたので代わりの人が必要でした。なので僕はチャンスだと思ってやってみたいと手を挙げました。

ソフトは触った事がないので、最初は何が出来て出来ないかも分からないまま、クライアントさんの打ち合わせに参加していました。
分からない事は明日の朝までにやりますと話して、ウェブで調べまくり、ほぼ独学で覚えて解決していきました。それを繰り返していたら、画像の切り抜きなんてやった事もないのに、いつの間にか出来るようになっていましたし、レベルは低いですが自分で仕事をこなせるようになっていました。印刷の事は全く分からなかったので、近くの印刷会社の営業の人に全部質問して覚えていきました。

そんな状況になった頃、元の会社の広報の方がお店にコーヒーを飲みに来てくれていて、その方に頼んで仕事をまわしてほしいとお願いしました。そうしたら少しずつ仕事を頂けるようになりました。
でも会社を立て直すくらいの仕事量でもありませんし、普段はお店でフライパンを振っていたので両立は難しかったです。本当に疲れていました。

僕の貯金はついに底をつき、兄弟と親からも借金をしていました。1人暮らしの家賃や電気、ガス、水道は3ヶ月も滞納していました。市県民税は払えないで区役所で事情を説明して分割にしてもらいました。区役所で事情を説明しているときは惨めな気持ちになりました。

その時に、一生懸命やるだけでは駄目だし、努力は全て報われる訳ではないなと、心の底から思いました。自分よがりでは駄目だと思いました。

これ以上続けると、友達に借金をする事になってしまうので、アルバイトの子たちや、残った人に申し訳ないなと思いながらも退職を決めました。

手元に残っていたお金は13万円。生活費に充てないと本当にヤバい状態でしたが、僕はそのお金で無理をしてヤフーオークションで中古のimacを落札しました。名古屋の出品者だったので受け取りにいったところ、パソコンと一緒にソフトも沢山くれました。僕はそのimacでフリーランスとして活動をスタートさせました。旅行代理店に常駐して仕事を貰ったり、元の会社の仕事を貰ったり。でも収入は10万くらいしかなく、借金もつもるばかりでした。ごはんは常駐していたクライアントの社長さんにおごってもらって食いつないでました。

そんな中、元の会社は新規事業をスタートさせようとしていました。社内にデザインが出来る人が必要だと言われ、「社長にOKもらったから戻ってこないか?」と言ってもらえました。

僕はとても迷いました。一度出たのにまた行く事は恥ずかしいと思ったし、失敗を認める気がして嫌でした。
でもお金に困っていましたし、そこまで言ってくれる人たちの期待に応えたいとも思いました。そして再入社を決めました。

その決めた日の夜、自宅のガスを止められました。今ではいい思いでです。

それから6年、元の会社で経理マンからデザイナーにキャリアチェンジして、ボーナスなどで少しずつ借金を返して、余ったお金を独立資金として使い、設備投資をしていました。
そしてインフラ面も整ったタイミングで独立しました。

僕は色々な方の親切や、応援で今があると思っています。僕はその方達の期待を背負っていると思っています。
まだまだこれからだけど、頑張って恩返しができたらいいなと思っています。

苦労は買ってでもしろ!と良く聞きますが、僕は飲食店がとても大変だったので、正直もうあんな目には遭いたくないと思っています。
それが原動力の一部かもしれません。いまでも原点を忘れないように、たまにimacの写真をみて思い出すように心がけています。

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昔の家。汚いなぁ。
でもいい思い出です。