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僕たちが考えている、これからのデザインとは

2016年9月4日 at 22:57

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最近は日常のあまり影響が無いようにと、土日を利用して三重県の拠点に出掛けています。
食品加工の保健所の許可申請についての打ち合わせや、作っている加工品の試食など、意外にもやることがたくさんあって何だか気持ちは忙しいなぁという感じです。
 
お会いする方たちによく「三重県でなにやってるの?」と聞かれるので、色々説明すると大変なので「村を作ろうとしています」と答えています。
休みを利用してまじめに取り組んでいるので、色々とプロジェクトの中身を具体的に答えられるようになってきているなぁと自分でも感心します。農地法のこと、不動産登記のこと、農業委員会のこと、こんにゃくを作る竹炭のph値のこと、竹炭は低温で焼き上げると酸性になってしまうこと、水質検査のこと。村づくりをきっかけに言い出すとキリがないくらい沢山のことを学ばせてもらっている感じです。
 
僕がこの仕事に憧れた10年以上前の「理想のデザイナー象」は、広告などのビジュアルについて担当するアートディレクター的な感じでしたが、最近は自分の中でもデザイナーについての定義がずいぶん変わってきたなぁと思っていて、今はもっと広い意味の仕組みまでを考えるような仕事が求められているなぁと感じています。
 
大量生産の時代には分業化によって効率化を図り、専門性を見いだし、それが価値だった時代がありました。でもこれからは、少子高齢化時代で大量にさばく仕組みが必要ないのか、はたまたツールの自動化や効率化や最適化が進んだからなのか、正直よく分かりませんが、10年前とは勝手が違うなぁと自分自身感じています。
 
ちょっとそれますが、最近はアプリのおかげで素敵な写真と、ポエムの様なテキストで何となく雰囲気の良い空気感を作れるようになりました。綺麗なビジュアルがたくさん見れる事って見る側からするととても素敵なことです。でも僕たちはものづくりのプロとして仕事をするので、ただ雰囲気だけでは全然駄目で、もっと具体的に物事が前進した部分をきちんとディスクローズしていかないと、これからは信頼を勝ち取れないと思っています。
 
人のやる事って実は結構泥臭くって、習慣になっている物事を変える事ってそんな簡単じゃない。
自分で自分をコントロールしている気分になっても、結局そんなことなんて出来なくて、僕らの身体にある心臓なんて意思と関係なく動いてる。雨が降れば気分が変わって、行こうとしていた場所を変更する。そんな変わりやすい気持ちとかを無理矢理コントロールすることを考えるよりも、問題が起きた時に素早く対処するほうが良いんじゃないかと最近は良く思います。
 
これからのデザインもきっと一緒で、これでないと駄目と手段を決めつけず、問題にシンプルに寄り添い、ひとつひとつ丁寧に紐解いて、手段を選ばずツールを使いこなし、解決していくことが必要なんだと感じています。