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何になりたいか、自分探しをすること

2017年6月17日 at 23:31

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自分なのに自分を探すことって、なんか変ですね。ここ最近何度か自分探しという言葉を聞いて、違和感を感じてずっと「自分探し」ってなんだと考えていました。
 
写真は10年前の僕の自宅兼事務所。今見ると片付いてないし汚いなぁと思うのですが、27歳のころの僕にはこれが精一杯。ケータリングとかデザインもいろいろ試行錯誤してやっていたけど、振り返ると10年経つと少しは前進したかなと思う。当時はmixiとかが出始めて、みんな周りのことを今まで以上に意識し始めた時代だった気がします。オシャレそうに生活していることをPRしたり、自分のやっていることを自慢したりということが、ネットに頻繁にアップされるようになった時代だった気がします。
 
18歳のころ、商業高校に通っていた僕はやりたいことなんてなくて、勉強も全然好きじゃなくて、めんどくさがりでした。授業はほとんど寝ていたし、学校の授業以外に楽しいと思ったことだけやって過ごしていました。大学は正直勉強する気が起きずに、全然考えていませんでした。今も勉強していないのに4年間も授業に出るのは苦痛すぎると、思っていました。
多分、先のことは考えていませんでした。いい学校にいって、いい大学に入れば将来が保証されるなんて、どれだけ人からそう聞いても、高校生の僕には理解ができず受け入れられませんでした。
 
自立するなら働かないといけないと思って、一番給料が良さそうなところを選んだけど、視力検査で引っかかり最後まで就職先が見つかりませんでした。最終的に働かせてもらえる場所が2箇所だけ。その一つの会社に入社して、いろいろあって今の状態です。
 
目標を持って行動することは大切なことです。でも目標なんて変わっていくし、変わっていかないとおかしい。行動することでいろいろ感じて、違うことを思うのは普通のことです。
一番大切なことは「人に自信を持って言えるくらい頑張れたか」ということ。頑張りに自分自信が納得できたかどうかがとても大切だと思います。
 
こんなこと自慢しても仕方ないのですが、高校生の時に疲れすぎてバイトのミーティングで2回倒れたことがあります。疲れすぎて気を失いました。朝めまいがすごくて病院に行ったら「高校生で疲労なんて…」と言われたこともあります。だから今は自分を少しだけコントロールして仕事をしています。本気を出すと他のことをほったらかしにしてでも色々なことをやりたくなってしまいます。でもできるだけ長くいろんなことにチャレンジしたいから、今は自分をコントロールするようにしています。
 
本気で取り組むと自分の限界点が見える。その吐きそうな限界点をさらに上に登りたいと思うなら、足を前に出すだけ。でも無理して死ぬくらいなら引き返す勇気も大事。自分探しなんかしなくても、手元を見たら自分が何ができて出来ないかなんて本当はわかっているはず。ショートカットしたりすることをチマチマ考えているなら、一歩でも前に進むことを考えた方がいい、と思っています。
 
本当に美味しいものを知るなら、まずいものも知らないといけないし、楽しみたいならつまらないということがどういうことなのかも知らないといけない。上澄み以外もなめてみて初めてわかる上澄みの味。だからえり好みしていいところばかり摘もうとするのはかえって逆効果なんだと思います。
 
僕は今から医者になれるとは思えないし、スポーツ選手にもなれない。年齢を重ねれば重ねるほど道は狭まり、可能性は低くなる。始めるのに遅い事なんてないという言葉。よく聞くけど、半分本当で半分は嘘だと思います。
何になりたいか、何になれるか、多分そんなこと今の自分のことを考えればわかると思う。意外に僕たちは自分でいろいろと決めているようで、周りに影響されていることが多い。だからこそ、今の自分の周りの環境や状況を受け入れて、そこから前に進むしかないのだと思う。
 
全部運命と思って全部受け入れてしまえば、自分探しをする必要なんてなくなると思います。人の人生に優劣なんてつけられない。だからこそ周りの環境に惑わされず、自分だけの道を歩みたいと思っています。