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無駄があってもいいじゃない

2017年10月22日 at 14:44


 
僕たちのような「広告」というフィールドで仕事をしていると、「これをやるとどれだけ儲けられるの?」とか、「マーケティングの結果…」とか、ごく当たり前に耳にします。
最近はなんでも効率化したり、投資効果のことばかり考えていたりすることに対することについて、少し違和感を感じていたのですが、その答えが糸井重里さんのツイッターに書いてありました。
 

 
直観としか言えないのだけれど、個人でフリーで働くのに「マーケティング」を取入れすぎるのは、結局じぶんの首を絞めるような気がする。「どうするべき」「どうしたほうが得」でやっていくと、最短距離で効率よく出がらしになるのではないか。企業でも、そういうことになるケースが多くない?

 
 
僕たちのような小規模のデザインアトリエは、ある意味「吹いたら飛ぶ」くらいの身軽さだからこそ出来ることがたくさんある。吹いて飛ぶくらいの壁しか持ってないのだから、もし守りに入ってたとしても、実はあまり意味がない気がしている。マーケティングをするほどの市場を持っているわけでもなく、組織力があるわけでもない。これはネガティブな話ではなくて、だからこそできることがたくさんあるということ。
 
僕は古道具や器を集めることが好き。
 
食品加工のために購入した古民家を、最終的には自分の好きなものを使って民芸料理屋さんにできないかと真剣に考えています。そもそも田舎でやっている古民家のプロジェクトで採算がとれるのかなんてよく分かりません。でも楽しいからやっている。
 
無駄といえば無駄だし、もしこんなことをしていなかったら、ちょっとしたいい車も買える。でも車なら無駄じゃないのか?インテリアなら無駄じゃないのか?無駄ってなんだ、と掘り下げていくと、残るものなんてない。
 
こうやったら儲かりますとか、あの人とつながっていたら仕事になるかもしれないとか、最終の着地点が額面だけの話になるとやっぱり面白くない。
 
僕は20歳くらいの時、かっこいいカフェをやって暮らしていけたらなんて幸せなんだと真剣に考えていました。だから25歳の時、みんなでカフェをやらないかという話に参加したけど、飲食の大変さを知って一度挫折しました。正直まだ飲食に未練があったからケータリングを始めた。ケータリングはいつのまにか楽しい現場を任せてもらえるもっと楽しいプロジェクトに成長しました。
 
こうなるとやっぱりまた「お店」としてリベンジしたいなと思い始めていて、古民家は飲食というフィールドに復帰するためのものになるだろうと考えています。デザイン会社のくせにと思われるかもしれないけど、やっぱりデザインの仕事も好きだし、フードの仕事も同じくらい好き。どうせなら効率化とかマーケティングとか考えずに両方やってみたい。
 
田舎に眠っている昔の漆器とか陶器を自分の店で復活させて使いたい。僕が趣味で集めている古い道具も使いたい。それを伝えるために自分のスキルを活かしたい。そこで感じたことをデザインの現場にフィードバックして、楽しい仕事をたくさんしてみたい。
 
個人でマーケティングを取り入れるということは、乱暴に言ってしまうと「人の目ばかり気にして生きていく」ことだ。なんでも上手く見せようとしたり、身のない体裁ばかり整えることになるし、人の後ろ姿ばかり追いかけることになってしまう。
 

 
直観としか言えないのだけれど、個人でフリーで働くのに「マーケティング」を取入れすぎるのは、結局じぶんの首を絞めるような気がする。「どうするべき」「どうしたほうが得」でやっていくと、最短距離で効率よく出がらしになるのではないか。企業でも、そういうことになるケースが多くない?

 
 出がらしになりたくないと言うと、出がらしに失礼だと言われる世の中。
どうせ何をやっても言われる世の中なんだから、媚びずにまっすぐ進みたいと思います。