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自分を消す、出す。与えられ、与える。

2018年4月23日 at 07:06


昨日、お友達の矢田さんのイベント「矢田勝美の大空のしたで大地のおやつ展」の特別企画「大地のおやつトークセッション 山本慎一郎×矢田勝美」に参加しました。
 
30年後のおやつ作り、みんなに愛されるおやつを目指す「大地のおやつ」のパッケージリニューアルのエピソードを聞くこの会、雰囲気のいい雑貨屋さんなどでは必ず見ている気がするこのおやつシリーズ。以前にタストリーコーヒーで一袋お土産でもらってから、ぼくもすっかりファンになりました。
 
会場になった「KAKAMIGAHARA STAND」。岐阜にこんないい場所があるなんて知らなかったけど、なんて言うんだろう、とても居心地のいい、まるで日本じゃないような雰囲気。
この時期は穏やかで特に気持ちも良いし、こんなに休日感を感じたことは最近なかった。
せっかくだから、この気持ちいい時期にもう一回くらいは行きたいなぁと思っています。
 

 

 

 

 
今回のイベントがすごいなぁと思ったのは、デザインリニューアルのエピソードの話を聞くことはよくあっても、実際のお菓子の中身の話や、デザインの話、売り方の話とかを全部ひっくるめて話が聞けるというところ。
 
「山本佐太郎商店」4代目の山本慎一郎さん、「お菓子職人」のまっちんこと町野仁英さん、そしてイラストレーターの矢田勝美さん。
 
こだわりが人一倍強いメンバーが集まり、一つの商品を完成させていくプロセスってきっと大変だったんだろうなぁと思う。世間でいうアーティストと言われても間違いでない3人から出てくる言葉は、アーティストというイメージの正反対のフレーズばかり。
 
僕は正直、アーティストという言葉が好きではありません。
それはきっと自分がアーティストではないとい嫉妬心から嫌いなのかも知れません。俺たちアーティストだからって、夜中のファミレスで無駄な熱い話を咲かせていた、若かったあの頃を思い出すからか、なんだか定義づけできないものを、アートという言葉で逃げ切ろうとすることに対する事への嫌悪感なのか。
 
実際にものづくりをしている人たちは「アート」という言葉で逃げようとしていない。食べる人はどうやったら喜んでくれるのか、イラストでどうやって作り手の良さを引き出せるか。矢田さんはいつもイラストレーターという職業をわかりやすくサービス業に例えてくれる。いかに自分を消していくか、目的は決まっていて、そこに向かってひたすらそこにフィットするイラストを起こせるかを自問自答して、混沌と悩みながらそこに向かっていく。本当の答えはもう既に決まっている。
 
僕は小さな頃から、実家のりんごの木を触っていた感触とか、田舎育ちで、毎日食卓に上がる季節の自然の恵みから、実は素材というのは「そのままの良さを活かした方がいいこと」を学んできた気がします。
 
それは今になって色々な方に触れ合うことでやっとわかって来たことだけど、何かの良さを活かすプロセスに「自分」というものはそこには無くて、この社会で何かに関わって生きるということは、自分以外の相手の良さを活かしていくことの繰り返しな気がします。
 
与えられ、与える。
 
それらが一本の線で直結していないから、それに気がつかないときっと不幸だ。直結していないことに気がつくのが大切。
人に与えて喜べる人の方がこの世界では生きやすい。
 
僕はなんで写真とか、言葉で表現して仕事にしているんだろう。って考えることがあります。
才能があるわけでも無いし、何が正しいかなんて全然わからないし、でも「どうやったらお客さんにとって最善なのか」を自問自答して進むプロセスはやっぱりそんなに間違ってなかったと、昨日の話で改めて実感しました。
 
僕は絵がかけないから、被写体から浮き出てくる一瞬のその人の良さを写真で一生懸命切り取って、それをグラフィックデザインという形で編集して、その人たちのありのままの良さを引き出したいと思っているし、それで間違ってなかったって、勇気を与えられた気がしました。
肩書きなんてなんでもいいから、どんなやり方でも、目の前の人のために具体的に動ける人でありたいし、もっとできる人になりたいと思いました。
 
ちょっと忙しくてバタバタしていたけど、無理矢理でも話を聞きにいって本当に良かったです。
 
さて、実は今日は月曜だけど久しぶりに完全休みで、伊豆に研修旅行に行って来ます。
少しリフレッシュして、また明日から頑張りたいと思います。