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デザインって気持ちに寄り添う事なのかもしれない

2014年9月1日 at 10:28

昨日イベントを無事終えて、今日は仕事を少ししながら色々な物を整理したりスケジューリングしたりして、9月からの業務に備えていました。テレビ塔に色々什器を持っていって明日の夜にならないと戻ってこないので、コーヒーはその辺りにあるもので入れていました。ナイスカットミルが無いのでミルはザッセンハウスの手挽きで、ドリッパーはあまり使っていない置いてあったKONOの名門ドリッパー、そしてサーバーは無いので置いてあった瓶、コップは瀬戸のイベントで買った蕎麦猪口。
何となく様になっていたので、まあいいかなとおもいました。
 
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さて、イベントが終わって1人で色々と振り返って、いろんな事を考えていて、折角なので忘れないように
書いておこうかなと思いました。
 
僕は会社を作ってもうすぐ3年になるのですが、その頃と今の違いを会社を辞めたこのくらいのタイミングで考えます。
毎年思うのは、あの頃は知らない事が多すぎたなぁということ。外に出るとこんなに情報量や質が違うのかと(今でも)驚きますし、なんでこんなにも差が出るのだろう?とよく考えます。
思うに、一番の違いは、(独立しているとかしていないとかそういうことでは無く)、気持ちが自律しているかどうかじゃないかな。その意味では、僕も少しは自分で考える様になって、少しは成長できたのかなと感じます。
 
さて、今日はイベントの話をしたいと思って書いています。今回のテレビ塔のイベントは結構大変でした。時間がタイトだったのと、テレビ塔というある意味公共の施設という場所で、どうやって折角テレビ塔に来たお客さんにいい印象を残せるか?そこを考えるととてもプレッシャーでした。
 
元々ケータリングをスタートした時に、公共の場所で何かやりたいと言う想いがありました。何でそう思ったかというと、やっぱり何かメッセージを伝えるには、多くの人が来る場所がいいと思ったからです。スタートしてから8年も経つとやる場所も変わるし、目的も少しずつ変わっていきます。あの頃と比べると少し社会的な活動が増えて来たと思います。これからもすこしずつ変わるかも知れないけど、出来るだけ長く続けていきたいと思います。
 
それにしても、それこそ8年前と比べるとイベントってすごく増えた気がします。でもあえて悪く言うと、「なんでもイベント化」している気がしてなりません。
 
自分が出来る事を簡単にイベントにして、何となくやれている気分にはなるけど本当にそれでいいのかな?って思うものがたくさん増えた気がします。僕の経験上、いいイベントって、作っている人が苦しんで大変なことを自ら行って楽しんでいる気がします。準備って本当に大変です。でもみんななんでそれをやるかというと、やっぱり喜んでくれる人がいるし、期待してくれる人がいるからなんじゃないかなと思います。
 
これからもっとITツールが発達して、だれでも簡単に集客や集金ができるようになるかも知れないけど、物事の本質はずっと変わらないから、僕らは目的や意識をきちんともって色々な人に価値を提供していけたらいいなと思います。
 
誘われてイベントに出かけると「普段何をやっているんですか?」と聞いて来る人がよくいます。
イベントに関係ないから「なんで今それを話さないといけないのかな?」と思ってしまうのですが、そういう人って
 
「写真やってます。イベント主催してます。絵を描いてます。●●手伝ってます」
 
と自分の話をしてきます。そういう時ってだいたいfacebookで友達申請が来る。しかもメッセージもなにもなく。
この便利な世の中でそう思うのは仕方ないのかも知れないけど、なんでも端折っていい訳でない。
雨が降ったら行こうと予定していたスケジュールを簡単に変更するくらい、人の気持ちって繊細です。だからデザインを仕事にしている僕らは、しっかりと前を見て、目の前の人の気持ちに寄り添っていかないといけないんだと思います。
 
集団の真ん中にいたら、絶対にダメだ。
どうせなら、ビリを走れ。
時代の風が逆から吹いたら、自分がトップに立てる。
 
これは大橋巨泉さんの名言だそうです。
今、こんな便利な世の中だからこそ、あえて面倒なことも言っていいかなと、そんな気分です。