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自分自身が考えていたことが、分かった気がした。

2016年6月22日 at 06:54

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ここの所、毎週のように三重県に通っては家の片付けを手伝っています。昨日も例外なく足を運びました。
大体家に向かうと、農家の藤田さんの畑もすぐ近くにあるので、作業が一段落すると遊びに来て話をします。話す内容は農業の事、農産物の加工の事、そして自然の事。
 
藤田さんがふとした時に話してくれた「自然の摂理」のこと。
「自然の中では大きな木が倒れると、その間から他の木が大きくなって出てくる。」
その話が気になってずっと帰りも考えていました。僕たちは社会というコミュニティの中で生きていながら同時に自然の中で生きています。魚が採れるのも、野菜が採れるのも、水が飲めるのも、全て自然からの恩恵です。
生きている以上食べないといけません。そして自然界は弱いものが食べられる弱肉強食です。
 
僕たちがなぜ上とか下とか、強いとか弱いとかにこだわりたくなるのかと思ったら、強いものが生きていく自然の摂理を無意識的に感じているからなのかも知れません。本当は「弱くてもいい=死んでもいい」と宣言しているものなのかも知れません。こだわりたくなかったとしても、自然の摂理だから死にたくないなら強さにこだわらないといけないのかもしれません。
 
そう考えていくと、平等なんて存在しなくて、色々なレイヤー(階層)に分かれてるんだと感じています。同じ人間だとしてもみんな微妙に役割が違って、微妙に上下関係があって、強いものが弱いものを飲み込むことである意味関係性が出来ている。食物連鎖の頂点に居たとしてもそこにはまた弱肉強食の争いがある。それが自然の摂理であって、僕たちの運命なのかなと。
 
情報化社会になった現在でも、自然と寄り添って生きる知恵が必要なことには変わりありません。
環境問題、ゴミ問題、人口問題、色々な問題がありますが、自然の摂理に寄り添って方向性を考えて生きていく、という選択は悪くない気がしています。
ライオンはお腹が空いていないと他の動物を襲ったりしないそうです。「足るを知る。」僕たちもそこから学ぶことがある気がしています。
折角デザインを生業としているのなら、そんなことも考えながら仕事をしたいなと思う毎日です。