食も空間も人も器も音も匂いも、全てはデザインで繋がっている。


今年も一年、なんとか無事終われるかなぁという目処も立ち、とにかく来年の準備をしていかないといけないと思って活動をしています。
 
そんな中、自分の考えていることをもっと具体的にしたいと思って、再認識をするためにも気心知れたメンバーで伊豆の「羅漢」さんを訪問しました。伊豆の修善寺からもう少し山に入っていくと広がるわさび田。そのわさび田の麓に羅漢さんはあります。
 
会社員時代、一度だけ訪問した際にとても素晴らしい場所だなと感じて、知らない間に自分が目指している方向がこの「羅漢」さんの影響を受けていると数年前に気がつきました。
 
なんで古民家を買おうと思えたか、やっぱり食の仕事をもっとやりたい。年齢を重ねてもできることをもっと見つけたい、ずっと現場にいたい。それを実践している先輩をみてしまうと、やっぱりそう思ってしまいます。
 
社会では年齢を重ねるといつかはマネジメントに周り、後輩を育成するのが先輩の役目だと習い、途中までは僕もそう思っていた。でも生涯現場で仕事ができた方が楽しいだろうし、僕が羅漢さんで学びたいと思うように、誰かが僕たちの仕事を学びたいと思ってもらえるような現場を作ることも、ひとつの方法ではないかと考えるようになりました。
 
羅漢さんの食事はプレゼンテーションがとても素晴らしくて、たくさん写真を載せたいと思ったのですが、実際の素晴らしさは写真だけでは伝えきれない。だからここでは写真は少しだけにしました。
 
さてこの一年、古民家を片付けながら色々と考えて、色々と気がついたことがたくさんありました。
本当にいいお店というのは、お店をやる人の生活とアウトプットされるものが一直線で繋がっている。その人の暮らしの中から溢れ出るモノコトからしか、デザインは表現できないのだと。
 
SNSでトリミングされた一枚の写真に一生懸命なっても、それはトリミングされている一部のリアリティの無いただのビジュアルになってしまう。何かのイベントを綺麗にトリミングしたって、それはイベントであって日常ではなくて、リアリティがなくてピンと来ない。僕たちのような職業は、ライフスタイルと仕事が一直線に繋がっていないと、本当の自分らしいデザインをすることは難しい。
 
だから食べること、日々使う器のこと、かける音楽のこと、そこで漂う匂いのこと、暮らす環境のこと、全てがデザインされていないといけないし、全てを繋げてデザインしていかないといけない。
 
僕はバーのような少し暗めで間接照明が効いた部屋が好きだ。
 
それはきっと20歳くらいの時に友達が働いていた老舗バーに足を運んでいたからだ。その同時期、日本ではカフェブームが来てミッドセンチュリーの家具がたくさん世に出回った。僕の好きな工業製品としてのイームズの家具は、大量生産、大量消費の高度経済成長を見ているかのようで、なんとなく勢いがあるように見えた。そんなデザイナーズインテリアがあるカフェが大好きで足繁く通った世代だから、なんとなく偏った今のナチュラル思考からちょっと昔に戻りたくなって来ています。
 
とは言え、僕たちができることは、色々な過去と未来を繋げて新しい価値を創造していくこと。直進するスピードが早いこの時代に、ただ昔が良かったと戻るだけでは前には進めない。
理想はイームズハウスのように、好きなものを集めて調和する多様性のある社会。綺麗なもの以外を排除していくのではなくて、違うものが集まって一つにまとまった姿がなぜか美しいこと。そういうものを作り出せたらいいなぁと思います。きっとそれが僕たちの世代ができる、新しい形のアウトプットだと思います。
 
DATE : Canon Eos Kiss x7 / EF50mm F1.4 USM

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