僕が考える、地方型デザイン事務所の在り方

最近、人工知能の発達でニュース原稿を自動で生成したり出来たり、ロボットが話す言葉が人と区別つかなくなったり、写真だって本物のように生成できるニュースをみていて、作業としてのデザインワーク(僕たちの言葉でいうとレイアウト作業)はそのうち無くなるんだろうなと感じています。

ただ、そのデザインがいいのかどうかのジャッジは今のところやらないといけない訳なので、スキルが不必要になるにはもう少し時間がかかると感じています。

ただ、すでに人間の能力を人工知能が超えたことで、医療現場で人工知能が導き出した施術をしていいのかを人間が判断出来ないということが起きているというニュースをみて、色々と変わるのは時間の問題だなと思います。

デザインという曖昧な言葉を都合よく解釈する怖さ

デザイン業界では「デザインをしてあげている」とか、「お客さんの要望を聞きつつ、どう自分を出していくのか?」とかそういうニュアンスの話を聞いたりすることがあります。役割や報酬の違いなどはもちろん存在するけど、仕事の内容に優劣などなく「してあげている」という感覚は正常な判断が出来なくなる怖さがある。

僕たちは共に歩き、共に悩み、共に前に進みたいと常に思っています。僕らがゴールを知っている訳ではなく、並走するチームの一員だと思って仕事をしています。自分たちの仕事に誇りを持つことは大切だけど、デザインという仕事が他の仕事と絡み合い一つのプロジェクトを作り気ているという感覚はとても大切だと思っています。

一つの商品を販売する場合、商品の中身を決める人、資金を調達する人、パッケージを作る人、フライヤーを作る人、営業する人、広報する人、商品を作る人、バイヤーのお客さん、商品を販売する販売店の方、その商品を使ってくれる消費者の方。適当に思いつくだけでもこれだけたくさんの人が関わっている。どれか一つでも欠けると一連の流れが滞り、うまく商品が消費者の方に届かなくなる可能性がある。僕たちは基本的には自分以外の人が何をやっているか、そのために自分の手元の仕事はどうしておくべきなのかを想像しておく必要があると思います。


地方ではプレイヤーが少なく、1人の役割と責任が大きい

当たり前だけど、地方でのデザインの案件数は都会に比べて非常に少ない。そうなると一つの案件でどれだけの利益を上げられるかが重要で、それでも継続していくだけのボリュームが無いのなら、ジャンルの違う仕事も兼業しながら、継続していかないといけません。そういう意味でうちの会社ではグラフィックやパッケージのデザイン、写真や動画の撮影、ウェブサイトの構築、フードデザインなど幅広い業務を行いながら、街づくりの仕事を掛け合わせた方法で仕事をしています。

大きなプロジェクトを検討する場合は、経営や会計、原価計算の知識も活用しながら、プロジェクトを回すシュミレーションを行っています。地域の方とのコミュニケーションを円滑にするためにセールスフォースを活用したCRMの導入も行い管理を強化している最中です。

今まで行ってきた業務内容に無駄なことは一つもなくて、他に出来ていないと思っている部分もたくさんあるので、一つずつ課題をクリアしていかないといけないなと思っています。

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