都会から移住すると田舎が面倒だと言われる理由

移住から今日で半年たちました。
6ヶ月なんてあっという間で、地域の仕事も1/6が終了したのかと思うと、時間は全然足りないなと焦りすら感じてきます。この半年で何が出来たのだろうかと振り返ると、地域で協業していくためには、もっと密なコミュニケーションが必要だと思う反面、コロナ禍でイベントが中止になる中でイメージ通りには行かないなと、仕方がない部分もあるのかなと感じています。

昨日は区の常会にも初めて参加して、少しずつ色々な方と顔を合わせることも増えてきて、少しだけ顔と名前が一致するようになってきました。区長さんは僕たちに負担にならないように色々と配慮していただいていることも伝わってきて、そう思うととてもいい場所に移住出来たなと感謝する毎日です。

都会から移住すると田舎が面倒だと言われる理由

都会で生活していると、自治会などを意識することはそんなになくて、僕が住んでいた名古屋市東区では住んでいた間の10年間、一度も自治会に参加することはなかった(自治会費は払っていた)

地域のイベントにも参加することもなく、参加する方法も分からずそのまま過ぎていました。

昨日、打ち合わせで名古屋の市議の方とzoomをしていた時に、名古屋と田舎では社会保障の面などが全然違うんだなぁと感じました。名古屋に住んでいると正直、社会保障の政策が生活に影響する割合が低くて、都会は仕事などの経済面やインフラ面でも既に整っていたり、そのために個人でなんとかできる範囲が広いのだと感じています。

商圏自体が狭くて、隅々まで色々なサービスが行き届きにくい田舎では、末端の組織で地域を守る必要性があって、その部分で役割や手伝い的な「業務」が発生するので、そこの違いで「田舎は面倒」だと言われるのはなんとなく分かる気がします。

都会では行政に近い位置で活動することは難しかったのですが、田舎の地方自治に参加してみるととても勉強になります。田舎では最小単位の組織で合意形成の取り方、予算の使い方、話のまとめ方などに触れることが出来て、そういう社会の仕組みに興味がある人にとってはすごく学びの多い場所だなと感じています。

少子高齢化が進む中で、過疎についての対策など、現在は地方で目立つ課題もいつかは都会の課題として広がっていきます。その中でどうするのがいいのかは最先端の課題。田舎での活動はある意味これからの日本の課題へのチャレンジです。たくさんある課題の中で僕ができることをやっていけたらいいなと思っています。

地方から都会と繋がり、価値を共有できる存在になりたい

僕はもともと青森県に住んでいたこともあって、田舎暮らしはとても好きで今の環境にとても満足しています。でも、インターネットが繋がり、社会と繋がれるように変化してきた田舎暮らし。昔のままの暮らしではやっていけないのも何となくイメージ出来ていて、だからこそアップデートの必要性が出てきている気がします。

離れた経済圏からの仕事の獲得方法、そしてその仕事で得た収益を地方経済で使用する意識とか、インターネットが入ってきたことで出来る、新しい取り組みをやっていけるといいなぁと思っています。暖かくなってくるとふらっとタクシーに乗って街へ出かけて、街の焼き鳥屋さんに出かけて先輩たちと楽しい飲み会する生活が長かったこともあって、ふとした時に街に出かけたくなったりするのですが、この地域でそういう事が実現できると最高だなと思っていて、それを実行しようと真剣に考えています。

そうやって作り上げた場で、都会と地方の人たちが交わって新しい文化が生まれるとか、想像するだけでワクワクします。協力隊としての活動中、残り2年ちょっとでその道筋を立てていきたいと考えています。

だからこそまずは自分の仕事と、地域の活動を一生懸命行って、精神的にも経済的にも自立して頑張っていきたいと思っています。

あと、本当にやっとなのですが、作業スペースや打ち合わせスペースが片付き、人を招き入れることができる状態が整いました。コロナ禍が収束したら色々な方に来てもらえるようにと思っています。飲み会とか色々できる事を楽しみに、日々色々なことにチャレンジしていきたいと思います。

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