もしも奇跡があるとしたら、きっとこういうことなんだろう。

2018年10月10日 at 17:48

By chance, do you know my families in Takasugi, Kimura’s and Kojima’s?

 
ちょうど1年前、インスタグラムにポストされた「高杉の木村さんと小嶋さん、私の家族を知っていますか?」というメッセージ。
最初はただのいたずらだと思っていました。でもこれを機に起きた奇跡の連続。
忘れないようにここに記しておこうと思います。
 

戦後、結婚して渡米した日本人女性の子供からのメッセージ

 
僕のinstagramにコメントしたのは、戦後にアメリカ人と結婚した日本人の母を持つアメリカ人女性でした。
コメントを読むと、3年前に父親が亡くなり母親だけになったのをきっかけに、日本に住む母の兄弟に「母がアメリカで元気で暮らしている」と伝えたいということでした。母が83歳という高齢なのもあり、早くしないと自分のルーツがわからなくなってしまうと心配していたようにも感じました。
 
彼女のお母さんはアメリカから青森県弘前市にあるりんご畑に囲まれたある村からアメリカに嫁いだようでした。その村の名前は「Takasugi」。僕の苗字と同じ名前の村でした。
 
彼女のインスタグラムを覗くと、日本人の小嶋さんや木村さんをフォローしていました。おそらく何かの手がかりにならないかと一生懸命探したんだろうと、気がつきました。
分かる手がかりは「Kimura Kojima Takasugi」の3ワードのみ。その一つ「Takasugi」を頼りに僕にメッセージを送って来たようでした。
 
さて、青森県弘前市には「高杉」という地域があります。昔は高杉村でした。僕の祖父もそこで生まれた人で、偶然にもアメリカに嫁いだ女性と同じ地域でした。
とはいえ、僕は子供の頃の4年間しか青森に住んでいない。しかも30年前の話なので土地勘なんてないし、普通だったら田舎とも疎遠になっていてもおかしくない状況でした。
 
 

約10年前から青森の田舎のお墓参りを始めた理由

 
僕は九州で生まれ、幼稚園に入るまで愛知県で育ち、青森に4年間住んだ後にまた愛知県に戻って来ました。
 
もともと祖父は青森でりんご農家を営んでいました。子供のころ祖父が亡くなり、親戚同士で色々あって、青森の家族と疎遠になって来ていることは子供心に気がついていました。でも30歳前に結婚をした時に、本当に疎遠になっていいのかなと思ったり、誰かが毎年でも足を運んで関係が途絶えない方がいいと思って、年に1度は青森へ行こうと決めました。
 
2012年以外は毎年お墓参りに出かけ、facebookを通じて同級生と再会したり、幼稚園の担任の先生に再会したりと、お墓参り以外の楽しみもでき始めていました。
 

田舎に土地勘があったこと、英語が理解できたこと

 
高杉村はそんなに大きくないこと、ハローページやインターネット電話帳などで手がかりが見つかるのではないかと思い、漠然と調べ始めました。古いネットの情報では高杉村に木村さんや小嶋さんは8人くらいいることが分かりました。名前が出てくると探すのも楽しくなってきて、僕はそのリストをアメリカに送りました。
 
その間に、ハローページの最新版を取り寄せて、地図上に小嶋さんや木村さんの家をマッピングしていったりしながら、どこに家族が固まっているか、どこに尋ねて行けば分かりそうかなど、わかる情報を全て一つのマインドマップに纏めていきました。
 
3ヶ月後くらいに、アメリカからメッセージの返信があり、僕が送ったリストの中に渡米したお母さんの従兄弟がいることが判明しました。彼女たちはSNSを使い慣れていなかったようでメッセージを見落としていたみたいでした。あと、漢字を始め日本語が全くわからないので、リストの解読に時間がかかったようでした。
 
実は数年前、ふとしたきっかけから英会話レッスンを始めて、3年間辞めずに続けていました。2020年のオリンピックまでに海外の方とコミュニケーションを取りたいという、漠然とした理由でした。
 
アメリカから届くメッセージはもちろん全て英語。もし英語に全く触れていない生活だったら、アメリカからのメッセージも理解できず、返答もできず、何もしてあげられなかった気がしています。まさか英会話がこんなことに役立つなんて思ってもいませんでした。
 

手に入れられそうな情報に全てコンタクトした

 
従兄弟が見つかったことで、マッピングしていた家族がいそうだとアタリを付けていた場所が大体間違っていないことが分かりました。あと、たまたま僕の幼稚園の先生のご主人は、高杉村の消防団の世話人の方と知り合いだったこと、その同時期にアメリカで60年前の戸籍が出てきて、調べてみると今もその住所には「小嶋さん」が住んでいることがわかりました。だから先生にお願いしてその小嶋さんを訪ねてもらい、その流れで町会長さんにもコンタクトすることができました。
 
僕がお墓参りに行った際には、その町会長さんにも会えました。実はこの町会長さんもアメリカの小嶋さんと「従兄弟」という間柄で、親戚関係について詳しく教えてくださいました。
 
あと、お墓参りに出向く前にこの件について相談していた弘前市役所も合わせて訪問しました。市政課の方たちにも協力してもらい、まだ生きている家族がいること、だいたいの居住地を把握することにも成功しました。個人情報なのであまり詳しく方法とか内容は書けませんが、行政の方達もかなり特別な対応をしてくださったと思います。とても感謝しています。
 

もしも奇跡があるとしたら、きっとこういうことなんだろう。

 
あれからもうすぐ1ヶ月が経ちます。相変わらず家族を探していて、このまま行くともうすぐもっと具体的な情報が手に入るところまで来ました。
僕の住んでいる近くで妹さんが見つかりそうです。
 
1通のInstagramメッセージが人と人を繋ぎ、過去を繋ぎ、見えないものが見えてくる。たまたまメッセージを受けとり、たまたま英語でやりとりできて、たまたま土地勘があって、たまたま協力してくれる人たちがいて、その偶然の繋がりが遠い国の人たちを結びつけた。多分ここまで辿り着けたのは奇跡的だと思う。でもこういう偶然が重なることもあるんだと、感慨深い。
 
僕自身は納得できるところまでやってみようと思う。
少しの可能性も無駄にしないようにしようと思う。
 
たくさんの人の想いを感じるから、もうちょっとできることをやってみようと思っています。