来年はきっと大きく変化のある一年になりそう

2018年12月3日 at 08:30


師走に入り、絶対にやっておかないといけないことに追われているのですが、年内のケータリングも落ち着いてきて、今年どんなことがあったのかを振り返る余裕も少し出てきました。
毎年、何かプラスの変化があったのかを振り返ることにしていて、今年はどうだったのかをイメージしてみると、やっぱり仕事では食の仕事がとても充実していた気がします。
 
公共の場所で開催されたイベントでのフードデザインや、フルコースでのウェディングケータリングなど、ずっとやりたかった規模のプロジェクトがやっと動き出した一年でした。以前にもお世話になっていた「名古屋外語・ホテル・ブライダル専門学校」の金井先生と数年振りに新しい取り組みを実現したり、古巣での仕事が増えてきたりと、いろいろな方に再会するタイミングもたくさんあり、とても嬉しかったです。
今年は通常のグラフィックデザインとは別に、外での活動が充実させられた一年でした。
 

グラフィックデザイン以外の主な活動

  • 日本酒イベント「バッカナール」でのフードデザイン
  • 鵜飼ミュージアムでのウェディング
  • 岡崎や豊田での屋外ウェディング
  • こどもハッピーライブでの駄菓子屋
  • 蟹江の須成祭やパンマルシェでのフードデザイン
  • モリコロパークでの130人超のフルコースケータリング
  • デンパークでのウェディングケータリング
  • 神奈川県へのケータリング遠征
  • 浜松での130人超のフルコースケータリング

 
グラフィックデザインがメインの会社が、これほど外に出て別のプロジェクトをやらせてもらえること自体ありがたいことで、来年もさらに充実したパラレルワークスタイルを作り上げて行きたいなぁと思っています。
 

来年はさらに仕事のスタイルを変えていく

ここ数年で、いろいろな仕事のやり方が出てきて、僕のようにワンオペでプロジェクトを遂行する人も増えてきた気がします。カメラマン兼ライターやデザイナー兼ライターなど。多岐に渡り仕事をするスタイルも当たり前になってきました。
 
独立した当時はウェブサイトは「MT(ムーバブルタイプ)を使えばニュースが自分で更新出来ますよ」という売り込みもあった時代でしたが、今では簡単なサイトはwordpressで自分で構築する人も増えて、ただ少し作れますではプロとして物足りないと言われる時代に変化しました。コーディングで量産ページで稼ぐ企業も海外とのコスト競争に負けて、いつの間にか「ウェブ」という括りで仕事をすること自体がリスクになる時代に変化してしまいました。
 
ITバブルがとっくに終わり、自分も歳をとるしこれからどうする必要があるのかを考えて舵取りをしていかないと、気が付いたら自分の席が無くなっていたということにもなりかねかい。その年齢でしか出来ない仕事とかもたくさんあると思うので、流れに身を任せて、色々な分野のプロジェクトに参加していけたらいいなぁと思っています。
 
最近、snsを眺めながら僕たちはどんな方向性でもの作りに関わっていけばいいのかとずっと考えていました。めちゃくちゃ音楽を聴くからといって、作曲できるかというと別の話で、デザインを眺めているからといってデザインがうまくなるわけではない。フードの現場もシュミレーションが素晴らしくても、現場力がなければチームは動かない。自分にとって何が有益かどうかなんて正直わからなくて、でも何かを信じてやっていこうと思ったら、自分自身と「やろう!」と約束するしかない。
 
少し逸れますが、前に会社に入れて欲しいとメールをくれた人のことをふと思い出して、彼の作成しているサイトを昨日見てみたら、サイトを立ち上げて数回のブログで更新が止まっていた。デザインも当時それっぽいものを見て頑張って寄せてみたのだと思うけど、今見てみると古く感じてしまうなとさえ思ってしまいました。
 
衝動的に何かを始めることができる人は多くても、それを続けられる人は少ない。隣をみながら自分のやることを決めていたら、いつまでたっても物事は積み上がらない。生まれてきた場所や過ごしてきた場所はみんな違うのだから、自分のできることって多分大体決まっている。僕が急に誰かに影響されて、ファッション系の仕事をやりたいって思ってもできるはずがない。思うのとやれるのは根本的に違います。だからやらせてもらえることを毎日コツコツと積み上げるしかない。
 
古巣で毎年作成されている「日めくりカレンダー」の干支が亥だと気がつき、あれから12年経ったのだと気がつく。12年前の僕はもちろん今のような仕事をやらせてもらえるような立ち位置でもなかった。でも毎日デザインの仕事が楽しくて一生懸命やっていたし、先輩たちとの仕事で失敗して、古巣に再就職してからすぐに独立の用意を始めて、専門学校へ通い直したり、内緒で外の仕事をたくさんやったりしていました。
そのタイミングでよくわからずにCanonのeos20dを購入してからずっとシャッターを切り続けていたら、気が付いたら写真も仕事にしている。飲食ベンチャーで失敗しても諦めず、ケータリングを続けていたらウェディングも任してもらえるようになった。そしてそのプロジェクトでは当時の僕と同じ年齢くらいの子達が関わってくれている。経験の場を与えてもらって生きてきたんだから、少しでも与えられる側に回れているなら、それほど嬉しいことはないなぁと感じています。
 

25歳の経理マンが、飲食ベンチャーで料理を作りながらデザインを始めて、再就職してデザインをやりながら写真を始めて、独立してデザインをやりながら料理も写真もやるなんて、想像できていなかったです。腐らずに続けることができれば、世の中は何かしらの応えを返してくれると思います。でもそれは世の中に対して何かしらのボールを投げた人だけにしか与えられません。少ない人生の時間、どこにどんなボールを投げるのかはとても大切だと思います。多分人のことなんて気にしている時間なんてなくて、それよりも前に進まないとタイムオーバーになります。
 
38歳になって気がつきましたが、始めるのに遅すぎることはない、というフレーズは嘘だということ。
終わりがある人生において、何事も早いに越したことはない。年齢を重ねれば重ねるほど始めることに億劫になる。年齢を重ねてからスタートできる人は、きっとこれまでも色々なことにチャレンジしてきているのだろう。よほどの人生観を変えさせられる出来事をじっと待つよりも、動いていた方がずっといいと思います。
 
平成も終わってしまう。
いいタイミングだから、来年は積み上げてきたものの整理整頓を行いながら、シンプルに活動できるように変化していけたらいいなぁと思っています。
あと、今回の年末年始は少し家族でゆっくりしたいなと思います。